たぬぶらー RSS

とある中小企業の取締役もしつつ、現在は京都のロースクールに通っています。

経営や組織論、社会問題などからネタ系まで幅広く。

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Archive

1月
27th
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特に男女別学にすることによって、男子と女子の発達段階に分けた教え方をすることができる、という話はなるほど、と思う。たとえば、

女子は励まして自信を持たせてあげる。男子は現実を見せて自分が思っているほどに自分が賢くないことを自覚させ、もっと上手にできるようにけしかける

という指導法が効果的であることがイギリスの研究で分かっている (pp.182-183) とか、あるいは

 桐光学園の教員は男子クラスも女子クラスも受け持っている。一九九一年に女子部が設置された当初は、男女ともに同じように教えていたという。しかし、女子クラスでの指導に違和感を覚えた一部の教員たちが、特に理数系教科に関して教え方を変えてみたところ、理解度が上がったという。

 特に理数系教科に関しては、女子は細かいステップを刻みながら少しずつ何度を上げていく方法が効く。所々で「ここまでは大丈夫?」と確認しながら授業を進める。かなり力のある子でも、いったん「わからない」となると、最初のステップから振り返らなければならない。

 しかし、同じことを男子のクラスでやると飽きられてしまう。男子クラスでは、いきなり「これできる?」と挑発するような方法が有効なのだそうだ。場合によっては「この問題の答えはこれなんだけど、式書ける?」と問いかけるという。全員が食いついてくるわけではないが、食いつきのいい生徒が問題を解くと、周りの生徒たちも刺激されて、手を動かし始めるのだという。桐光学園の平良一教諭によれば、「男子と女子では、ロジックのとらえ方が違うようです。『女子は理数系が苦手』といわれることがありますが、そんなことはないでしょう。理数系教科の教え方が女子用になっていないだけです」とのこと。(pp.76-77)

とか。

中高大は男子校のほうが学力は伸びる - 生駒日記

(引用元はおおたとしまさ「男子校という選択」(日本経済新聞社))

(sryuukiから)

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「人が動かない理由」

には以下の4種類があることに気づきます。

1 知らない(現状を実感として把握していない)

 内部にいると、厳しい現状でさえ日常になってしまい、危機感を失っていた。

2 責任を取りたくない

 賛意を表明してしまうと、失敗したときに自分の立場が悪くなるから。
 現場での協力はするが、賛成はしないという人もいた。

3 めんどくさい

 現状を変えるのが面倒なので、あれやこれやと、
 うまくいかない理由を挙げてやらないで済まそうとした。

4 あなたが嫌い

 改革着手当時は20代とまだ若く経験も浅い漆氏、
 校長の娘という立場を盾に、偉そうなことを言っていると感じる人がいた。


漆氏は、それぞれの理由について、
次のような工夫で乗り越えていったそうです。

1 知らない(現状を実感として把握していない)

 外部から見たらどんなに厳しい状況なのか実感してもらうため、
 外の人に会いに行く時、同僚たちにも同行してもらった。

2 責任を取りたくない

 学内の様々な改革プロジェクトチームにおいて、
 漆氏が「私が責任を取るから!」と、いわば皆の「風除け」になることを明言した。

3 めんどくさい

 できない理由を挙げる人は、漆氏とは「違う絵」を見ていた。
 漆氏は、改革がうまくいった時に、生徒が喜んでいる「ゴール」のイメージを描いていたのに対し、
 動かない人たちは、そのプロセスで遭遇するであろう、さまざまなトラブルや障害をイメージしていた。

 つまり、人によって、ゴールorプロセス、
 あるいは成果orリスクのどちらか一方しか見ていないことがあるということ。

 そこで、漆氏は相手の見ている絵がどんなものかを聴き、
 一方、漆氏は、自分見ている絵がどんなものかを相手に伝えた。
 こうして、お互いの見ている絵を交換することで、改革に対する理解と行動を促した。

4 あなたが嫌い
 
 わずか5分でもいい、改革に関わる簡単な仕事を頼み込んでやってもらう。
 そうすると視点が変わり、主体者意識が出てくる。
 こっち側に一度でも連れてくれば、漆氏は嫌いな対立者ではなく、同じ改革に取り組む仲間になる。

1月
25th
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1 いじめの認知は、本人、親、友人の誰からの報告であっても

「この事態を心配している人から報告があった」で統一する。

※ いじめ加害者やその親は「誰がそんなこと言った」と言いがちなので、教員側の対応を統一しておくことは極めて有効と思われます。

2 必ず、一人の教員ではなくチームで対応する。

※ チーム対応は教員の一番苦手とするところですが、是非克服してほしいところです。

3 複数の加害者(大抵そうです)と複数の教員が別部屋で1対1で対応する。

※ ここで、各加害者の発言に矛盾が生じます。

4 15分後に部屋に加害者を残して教員が集合し、情報交換・矛盾点の分析を行う。

5 3・4を繰り返し追求することで、加害者に「いじめの事実」を認定させる。

※ 3・4・5は明日からでも実行できるノウハウではないでしょうか。

「加害者に吐かせる」必要のある仕事(刑事に限らず税金徴収員等々)ではよく使うテクニックです。

6 事実を認めた加害者に対し「泣くまで」反省を迫る。

※ ここは教師の真骨頂です。

中学生ともなると(特にいじめの加害者のような奴は)脅すだけでは、まず泣きません。 そこで、刑事ドラマのカツどんに当たる要素が必要になるそうです。 加害者ががんばってきたことの写真(部活動や体育祭・文化祭他)などを見せて、「なのにお前は、今、何をやってるんだ」みたいな感じで迫るらしいです。

7 いじめの事実を認め、「泣くまで」反省した加害者は、通常、被害者に謝りたくなるのですが、すぐに謝らせることはしない。

※ すぐに謝ると加害者が「すっきり」するからです。

8 少なくとも一週間の時間を置いて、加害者に謝ることを許す。

※ 被害者にとって、加害者から謝ってもらうことは大きな癒しになるという報告を別の会合で聞きました。

9 保護者を交えて、いじめの事実を報告する。

※ その際、加害者・被害者を実名で報告するのか否かは聞き漏らしました。

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──長年、MITの学生たちを見ていてよくある「過ち」があれば、教えてもらえますか?


最も陥りがちな過ちは、あまりにも多くのことに興味を持ち過ぎてしまうことです。いろんなものに興味を持つこと自体は悪くないですが、ある段階できちんと何がいちばん大事かを考えて、それをやり遂げなければならない。

たとえ他に面白そうなものがあっても、成功する可能性があっても、いちばん大事なもの以外は捨てなければならない。なぜなら、一日は24時間しかないし、人生は100年もないわけです。時間は限られている。

でも、若い人にとってそれを認識するのは難しいんでしょうね。残り時間を無限だと考えているし、エネルギーも無限にあると思うから、いろんなことに手をつけてしまう。優先順位をつけるための価値体系が固まっているかどうかが大事なポイントでしょうね。

──いろんなことに興味を抱いてしまう学生に、どういったアドバイスをされるのですか?

何を選ぶのかを考えさせますね。そして、なぜそれを選び取ったのかをきちんと説明できるように考えさせます。最終的には君は何のために生きているんだ、という話に行き着くことも多いです。「人生が残り1日しかなかったら、どれを選ぶんだ?」「残り10年だったら何を選ぶんだ?」と問いかけるわけです。

「社会にどういうインパクトを与えれば君は満足するのか?」という話をして、優先順位を決めさせる。これができない人は、自分が見えていない人、つまり哲学のない人が多いですね。

1月
23rd
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1月
21st
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これは驚いた。 あった事と推測の区別が出来ない人間がいるというはなし以来の驚き。

イスラエルの「刑務所で10カ月間に行なわれた仮釈放審査委員会の審問、計1112回分の結果を基に」した研究:Danziger S, et al. 2011について。

これによると、 朝、仕事を始めた時は判事はおよそ65%くらい仮釈放を行うのに、疲れている軽食休憩の直前になると仮釈放を認める確率が1割以下くらいになる。休憩から戻ってくるとまた65%くらいに戻ってそれから数時間でまた1割くらいに下がるらしい。

まず、人間の判断がこんなに疲労によって左右されるというのが驚いた。 計算能力とかその手の能力への疲労の影響というのは昔からよく研究されているし、6倍以上も変動したりなんかしないはず。 だからおそらく(記事が言うように)「倫理的・道徳的」判断だから変動するのだろう。あるいは不確実性が高い問題だからだという解釈も可能だろう。つまりその種の問題を扱う能力は計算能力などとは全く違うのだということ。これが第二の驚き。 (この記事で紹介されている理論によれば疲労すると現状を変えない選択をしがちだという事らしい。)

第三の驚きは人に対するこれだけの不公正が気付かれずに放置されてきたこと。 そして第4の驚きは、人はこの種の変動に自分ではほとんど気がつかないのだと言うこと。おそらく私達も知らずにその手の間違いを多く犯しているのだろう。

で、自分の話をすると、最近、似たようなことに気がついていた。 問題に出会うと普通は解決策を2つ3つ考えてその中から良い方をとったりするわけだけど、 疲れてくると解決策を思い付くことはできるけど、決断することが出来なくなる。無理にしようとしてもどっちが良いのかまるで分からない感じになる。それが翌日に再開するとほとんど迷わずにきめることができたりする。 自分はこの現象は「疲れると、トレードオフに参加する変数が多数になるとき、結果のpayoffやコストの評価が出来なくなる」という風に理解していた。件の結果をこれで説明することもできるな。

最上の日々 (via ginzuna)

(otsuneから)

1月
20th
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環境の変化に素早く対応しなければならない組織において、ミッションを達成するためには、チームワークとコラボレーションが必要不可欠だ。私のアメリカのインテリジェンス・コミュニティーでの研究では、その考えを支持しているが、プロダクティブなコラボレーションから外れてしまう可能性のあるチームワークに関する多くの誤った考え方を目にする機会が多い。

誤解 #1 調和は役にたつ。共同作業者との間でのスムーズな相互作用が、どうやって進めるのが一番良いのか、という時間のムダになる議論を避けてくれる。

実際 まったく正反対の結果を調査結果が示している。よい感じでマネージされていてチームの目的にフォーカスしている場合、衝突はよりクリエイティブなソリューションを生み出すことが出来る。(衝突がないグループよりもだ)。衝突が仕事それ自体に関するものである限りは、意見の相違はチームにとって役にたつものだ。実際に、過去の研究では、シンフォニーオーケストラにおいて2つのオーケストラを比較した場合、皆が特別に調和していたオーケストラよりもそうでないちょっと気難しいオーケストラのほうがより良いアンサンブルを奏でていた。

誤解 #2 チームのメンバーを入れ替えて混ぜていくのは良いことだ。新しいメンバーはチームにエネルギーと新鮮なアイデアをもたらす。そうしないと、メンバーが独りよがりになったり、環境を変えていくことをしなくなったり、一緒にいるメンバーの誤った行動を許しすぎてしまうリスクがある。

実際 長い間一緒にいるメンバーは傷のないグループとして機能し、よりうまく行動できる。理屈にあわないように思えるかもしれないが、研究のエビデンスからははっきりと結論づけられる。それがバスケットボールのチームでも弦楽四重奏団でも、一緒にいる時間がながい方がうまくやることができる。

誤解 #3 大きいことは良いことだ。大きい組織の方が仕事に割り当てられる人が多くいる。さらには、全ての関係者の代表を含んでいるので、決められたことは何でも受け入れられ使われる機会が増える。

実際 大きすぎるサイズは効率的なコラボレーションにとって、もっともよくある、そして最悪の障害だ。グループが大きければ大きいほど、タダ乗りの可能性が高くなり、メンバーの活動を調整し続ける努力が必要となる。小さいチームはより効率的で、フラストレーションが少ないのだ。

誤解 #4 フェイスツゥーフェイスでの意思疎通は過去のものだ。いまや我々にはコミュニケーションや調整のための強力な電子的なツールがあり、チームは離れていてもより効率的に仕事することができる。

実際 遠隔で働いているチームはかなりの不利がある。チームメートとフェイスツゥーフェイスになるようにすることは本当に大きなメリットになる。分散したチームに極度に依存している組織の多くは、チームを立ち上げた時や中間地点や仕事が終わった際にメンバーを一箇所に集めることが時間と金をかける価値があることだということに気づいている。

誤解 #5 すべてはリーダー次第だ。あなたが指示したり勤めている良い成果をあげているチームのことを考える。そして、うまくいっていない他のチームのことを考える。これらのチームの違いに関してどう説明したらよいだろうか?もしあなたが他の人と同じような感じだったら、あなたの説明は2つのチームのリーダーのパーソナリティやふるまいやスタイルに関することになるだろう。

実際 グループリーダーの実践的な活動によって違いがでる。 しかし効率的なコラボレーションのためにリーダーがすることが出来るもっともパワフルなことは、メンバーがうまく自分たち自身を管理できるようにすることを助けられる環境を作ることだ。2番目はチームをうまく立ち上げることだ。そして3番目は仕事の途中でリーダーが行う実践的なティーチングとコーチングだ。我々の研究では、様々なうまくいっているチームのうちの60%が、その理由が上述の環境であることを示しており、30%がチームの立ち上げをうまくやったためだと示している。そしてリアルタイムのコーチングはわずか10%だ。リーダーはコラボレイティブな活動においては本当に重要ではあるが、それが全てではないのだ。

誤解 #6 チームワークはマジカルだ。その多くのメリットを享受するためにやらなきゃいけないたった一つのことは、優秀な人を集めて、何が必要なのかを簡単に伝えることだ。そうすれば、チームは勝手に良い結果を出してくれるだろう。

実際 成功のデッキを積み上げるためにどれだけ準備するかについては慎重にある程度は考える必要がある。最高のリーダーはチームが何を達成すべきかについて明確にチームに説明する。そしてチームが成功のために必要な全てのリソースやサポートを揃えていることを確認する。効果的なコラボレーションに必要なものを得るためには多少の政治工作をしなければならない場合もあるかもしれないが、それは苦労する価値がある。
1月
17th
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キャッチコピーのチェックリスト

【1】読者にメリットがあるか?
【2】読むための緊急性があるか?
【3】ユニークか_
【4】これ以上ないぐらいに具体的に書いているか?
【5】文章を読むだけでも得られるものはあるか?
【6】信頼性と興味を引きつけられているか?
【7】読者が既に持っている欲を、つよく刺激しているか?
【8】読者が、うなずきながら読んでいる姿を想像できるか?
【9】セールスポイントが伝えられているか?
【10】ほかにもっと加えられる要素はないか?

1月
15th
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deli-hell-me:

10年後に食える仕事-3 各エリアの職業とその特徴
まず、5つの「日本人メリットを活かせる条件」を兼ね備えている度合いを、横軸にとって図で示してみる。繰り返すが、日本人メリットとは、「日本で生まれ育った日本人でないと身につけづらい特殊性」である。日本人として日本に生まれ、小中高の教育と家庭生活で身につけたカルチャー、「日本人DNA」とも言うべきスキルを意味し、特段の訓練はなくとも知らず知らず身についているものだ。
そしてもう1つの縦軸のほうには、スキルタイプをとる。その職業で必要となるスキルのタイプが、技能寄りなのか、知識寄りなのかと、その度合いである。これは世界共通のスキル習熟のベクトルのようなものだ。あえていうなら、技能集約的=ブルーカラー系職種、知識集約的=ホワイトカラー系職種である。
この分類によって、すべての職業は4つの明確な事象に分かれ、それぞれにグローバル化の影響が異なり、適した人材タイプも異なることが分かってくる。
◇技能集約、知識集約とは 縦軸のスキルタイプとは何なのか。日本は現場が優れているがリーダーがいない、マネジメント層がダメだ、とよく言われる。福島第一原発の事故後対応でも、東電幹部や政治家らに、評価されるべき対応力は見られなかった。スペインのアストゥリアス皇太子財団は2011年9月、アストゥリアス皇太子賞の平和部門賞を、原発事故で初期対応にあたった「フクシマの英雄たち」に授与したが、その対象は、現場対応にあたった東電の現場社員や、消防隊員、陸上自衛隊員、すなわち技能職の人たちであった。
多くの企業では、技能集約的な職種を、「技能職」「専門職」といったコース名で採用することが多い。JR東日本では総合職を「ポテンシャル採用」と呼び、駅員、車掌、運転士などの現業部門を「プロフェッショナル採用」と呼んでいる。前者が知識集約的、後者が技能集約的、ということだ。
いわゆる「総合職」は、リーダーやマネージャーとしての職務を期待され、知識集約的な仕事を担当することを求められるが、現実には多くの社員が(特に若い段階では)、労働集約的な仕事に終始している。したがって、皆さんの仕事がどちらに属するのかは、実態ベースで考えてほしい。
このマトリクス図によって、あらゆる職業はプロットできる。そして、グローバル化が進む10年後、20年後に、その職業がどのような境遇へと向かい、その職業がどのような人に向いているのかも分かる。まだ自分の職業を決め切れていない人は、自分がどこで勝負すべきなのかが、自ずと見えてくるだろう。現在、既に特定の職業でキャリアを積んでいる人は、どこに向かっていけば生き残れるのか、伸ばすべきスキルの方向性が分かるだろう。

deli-hell-me:

10年後に食える仕事-3 各エリアの職業とその特徴

まず、5つの「日本人メリットを活かせる条件」を兼ね備えている度合いを、横軸にとって図で示してみる。繰り返すが、日本人メリットとは、「日本で生まれ育った日本人でないと身につけづらい特殊性」である。日本人として日本に生まれ、小中高の教育と家庭生活で身につけたカルチャー、「日本人DNA」とも言うべきスキルを意味し、特段の訓練はなくとも知らず知らず身についているものだ。

そしてもう1つの縦軸のほうには、スキルタイプをとる。その職業で必要となるスキルのタイプが、技能寄りなのか、知識寄りなのかと、その度合いである。これは世界共通のスキル習熟のベクトルのようなものだ。あえていうなら、技能集約的=ブルーカラー系職種、知識集約的=ホワイトカラー系職種である。

この分類によって、すべての職業は4つの明確な事象に分かれ、それぞれにグローバル化の影響が異なり、適した人材タイプも異なることが分かってくる。

◇技能集約、知識集約とは
縦軸のスキルタイプとは何なのか。日本は現場が優れているがリーダーがいない、マネジメント層がダメだ、とよく言われる。福島第一原発の事故後対応でも、東電幹部や政治家らに、評価されるべき対応力は見られなかった。スペインのアストゥリアス皇太子財団は2011年9月、アストゥリアス皇太子賞の平和部門賞を、原発事故で初期対応にあたった「フクシマの英雄たち」に授与したが、その対象は、現場対応にあたった東電の現場社員や、消防隊員、陸上自衛隊員、すなわち技能職の人たちであった。

多くの企業では、技能集約的な職種を、「技能職」「専門職」といったコース名で採用することが多い。JR東日本では総合職を「ポテンシャル採用」と呼び、駅員、車掌、運転士などの現業部門を「プロフェッショナル採用」と呼んでいる。前者が知識集約的、後者が技能集約的、ということだ。

いわゆる「総合職」は、リーダーやマネージャーとしての職務を期待され、知識集約的な仕事を担当することを求められるが、現実には多くの社員が(特に若い段階では)、労働集約的な仕事に終始している。したがって、皆さんの仕事がどちらに属するのかは、実態ベースで考えてほしい。

このマトリクス図によって、あらゆる職業はプロットできる。そして、グローバル化が進む10年後、20年後に、その職業がどのような境遇へと向かい、その職業がどのような人に向いているのかも分かる。まだ自分の職業を決め切れていない人は、自分がどこで勝負すべきなのかが、自ずと見えてくるだろう。現在、既に特定の職業でキャリアを積んでいる人は、どこに向かっていけば生き残れるのか、伸ばすべきスキルの方向性が分かるだろう。

(nobby0-0から)

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船長に、「若手の漁師たちを見ているポイントってどこですか? 」と聞いたときには次のように教えてくれました。

 「昨日はできなかったけど、今日できたところ見よるかいのぉ」

 「そんな小さい差なんて、どうしたら分かるんですか? 」

 「え~、こんめぇことでええから、3つとか4つとか教えてあげんのよ。“こげーするとうまくできるど”とか、“そこに足を置くとアブねぇど”とか」

 「翌日、教えてあげたことができたところがあれば、褒めてあげるんですか?」

 「そげーじゃ。 1個でもできるようになったところがあれば、“できるようになったの”と声をかけてやんのよ」

 「じゃあ、昨日教えて、次の日になってもできていなかった部分はどうするんですか? 」

 「よっぽどアブねぇことでなきゃ、ほたくっちょく」

 「ええ~、放置しちゃうんですか?」

 「3つ教えたなかで、できるようになりよった1つをちゃんと気づいて褒めてやれば、言われた子は、『あ、船長はできちょらん残りの2つも知りよるな』っちゅーように、言わなくても分かるんど」

 「会社だとつい、できるようになった部分には何にも言わないで、できていないところばかりを“何回言えば分かるんだ? ”と指摘しがちなんです」

 「そげーしよると、若ぇ子は不満をためて言うこと聞かんようになるけぇのぉ」

 「監視にならないようにしつつ、若手を見るためにはできたところを見ておくことが大事なんですね」

 「ま~でも、危険なことについては、ちゃんと言わねぇといけねぇけんの。 “できたところを見る”っちゅーより、“できたところと、できてないところの両面を見ちょく”ちゅー感じかいの」